夜空にぽっかりと浮かぶ、やさしい光のともり火――それはお月さま。地球のすぐそばにあって、毎晩のように姿を変えながら、私たちを静かに見守ってくれています。今回は、そんな「お月さまのはじまり」についてのお話です。いつもそばにあるけれど、じつは知らないことだらけ。そんな素朴な疑問から始まった、夜の小さな会話たち。
第3話 お月さまはどこから来たの?
糸島の海辺にひっそりと開くバーに、宇宙にくわしい天の川教授がやってきました。子どもたちのまっすぐな質問に、やさしく、ときに熱く答えてくれる物語です。星や月を見上げながら、「宇宙ってなんだろう?」を一緒に考えてみませんか。

ねえ、天の川さん。月って、どこから来たの?
その夜、カウンターに座ったレンとひかりは、顔を並べて月を見上げるように天の川教授に問いかけた。空には、雲ひとつない夜。まるい月が、海の上にゆっくりと浮かんでいた。

月がどうやって生まれたか…
天の川さんは、手にしていたグラスをそっと置くと、ゆっくりと語り始めた。
それには“ジャイアントインパクト説”という有力な仮説があるんだ。今からおよそ46億年前、地球がまだ若かったころ、火星くらいの大きさの天体が地球に衝突したと考えられている。その衝突の勢いで、地球の表面の岩石や、衝突した天体の一部が宇宙に飛び散った。そして、それらのかけらが集まって、やがてひとつの大きな球体――つまり、お月さまになったんだよ。
すなわち、月は地球から生まれた存在。まるで地球の妹みたいなものなんだ。

そしてその月の表面は、レゴリスと呼ばれる細かい岩石や砂におおわれている。見た目は黒っぽくて、ざらざら。まるでカリカリに焼けたクッキーのような地面なんだ。しかも、月には空気がまったくない。だから風も吹かないし、音もまったく伝わらない。もしそこに立っていても、誰かの声や足音は聞こえない。まるで、静寂の世界さ。
私たちにとってお月さまは特別な存在
でもね、そんな月にも魅力はたくさんある。たとえば重力。地球の約6分の1しかないから、体重も軽くなるんだ。地球で30kgの人なら、月ではおよそ5kg。ぴょーんと6倍も高くジャンプできる。だから、宇宙飛行士たちが月の上でぴょんぴょんと歩いている映像、見たことあるだろう? あれは決してふざけてるんじゃなくて、あの重力の世界で自然な動きなんだよ。
その最初の一歩が踏み出されたのは、1969年7月20日。アメリカのアポロ11号が、人類で初めて月に降り立った日だ。あれから、月は私たちにとってますます特別な存在になった。地球から月までの距離は、およそ38万キロメートル。もし新幹線で行こうとすれば、半年以上もかかる計算になる。でも、それほど遠くにあっても、月はいつだって、静かに夜空にいてくれるんだ。何億年も変わらず、私たちを見守ってくれている。天の川さんが話を終えると、レンがぽつりと聞いた。

お月さまは私たちをやさしく見ている

じゃあさ……月って、いつも見てくれてるの?

そうだよ。
天の川さんはうなずいた。
雲の向こうにいても、昼間の空にうすく溶けていても。月はいつだって、地球と、そこに生きる私たちを見ている。たとえ音が聞こえなくても、たとえ手が届かなくても――その光は、いつもやさしいんだ。
そのとき、カウンターの奥から、マスターのあゆむがプレートを運んできた。

ふたりとも、お待たせ。
今夜のおすすめは「満月のまんまるカレー」と「お月見プリン」ですよ。

にゃあ…
テーブルの下では、しんのすけがくるんと丸くなり、しっぽをお月さまのようにたたんでいた。
外では、静かな波の音が寄せては返し、その向こうから、まるくやさしい月の光がそっと差し込んできていた。まるで、「よく聞いたね」「ちゃんと届いてるよ」と、空の高いところから月がほほえんでくれているようだった。音のない場所に生まれ、風も吹かないその世界から、月は何億年ものあいだ、変わらぬ姿で地球を見つめ続けている。遠くて近い、不思議な隣人。今日も私たちの頭上で、まるい光を灯している。
月のはじまりを知ったこの夜、きっとふたりの心にも、小さな光がともったことだろう。
